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静岡地方裁判所浜松支部 昭和36年(ワ)167号 判決

原告 井口博

被告 大塚浜司 外一名

主文

被告両名は、それぞれ原告に対し

(イ)  別紙目録〈省略〉記載の店舗を明け渡し、かつ

(ロ)  昭和参拾五年拾月壱日以降右店舗明渡ずみに至るまで月参万円の割合による金員の支払

をせよ。

訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

この判決は、第一項に限り原告において被告両名のため共同して金拾万円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができ、被告両名において合計金百拾万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

被告両名訴訟代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する」との判決を求めた。

しかして当事者双方の事実上の陳述は、次のとおりである。

第二当事者双方の事実上の陳述

(請求の原因)

一  別紙目録記載の店舗(以下、本件店舗という)は、原告の所有に属するところ、被告両名は、いずれもなんら権限がないのにかかわらず、昭和三十五年十月一日以降本件店舗(その使用料は、前記日時以降月額金三万円相当である)を占有使用している。

二  被告両名が本件店舗を占有使用するに至つた経過等は、次のとおりである。

(一) 原告は、昭和二十二年三月二十三日以来陳啓章に対し期限の定めなく本件店舗を賃貸してきたところ、同人は、昭和三十四年二月、浜松市元城町に立派な家屋を新築し、同所を本拠として盛大に金融業を営むこととなつたため、本件店舗を保有する必要がなくなつた。一方原告は、店舗が狭いためこれを拡張する必要がある等の理由により右賃貸借につき解約の申入をし、昭和三十五年五月十八日、陳啓章を被告として本件店舗明渡の訴訟を提起した(静岡地方裁判所浜松支部同年(ワ)第九五号)

(二) 右訴訟の繋属中被告大塚は、被告小沢を介して陳啓章から本件店舗の賃借権を譲り受け、昭和三十五年十月一日から本件店舗において菓子店を経営するに至つた。

しかし本件店舗について明渡の訴訟が繋属しているところから、表面上陳啓章と被告小沢の共同経営であり、被告小沢において直接経営の衝に当つているがごとき形態をとり、かかる外形を作り出すため被告小沢において時々本件店舗に出入りしているが、被告大塚の娘や店員が常時菓子類の販売に従事し、実際には被告大塚の経営にかかること前記のとおりである。

したがつて陳啓章は本件店舗を占有しないこととなつた。

(三) そこで原告は、この新事態に基ずき、陳啓章に対する前記訴訟の昭和三十五年十一月七日の口頭弁論期日において同人に対する賃貸借を解除し、賃借権不存在の確認を求めることとした。

(四) しかして陳啓章に対する訴訟については、昭和三十六年三月十六日、本件店舗につき陳啓章に賃借権がないことを確認する旨の原告勝訴の判決の云渡を受けたが、同人はこれを不服として控訴し(東京高等裁判所第十一民事部昭和三十六年(ネ)第八四九号)、昭和三十六年十月十一日さらに控訴棄却の判決の云渡があり、現在同人において上告中である。

(五) 以上のとおりであつて、陳啓章にはもはや本件店舗の賃借権はなく、原告の承諾を得ないで同人の賃借権を譲り受けた被告大塚は、原告に対し右賃借権を有することを主張しえない。

しかして被告小沢は、陳啓章との共同経営を仮装するため、被告大塚とともに本件店舗を不法に占有使用するものである。

三  よつて原告は、所有権に基ずいて被告両名に対しそれぞれ(イ)本件店舗を明け渡し、かつ(ロ)昭和三十五年十月一日以降明渡ずみに至るまで月三万円の割合による不当利得金を返還することを求める。

(請求原因に対する被告両名の答弁)

一  原告主張の一の事実のうち、本件店舗が原告の所有に属すること、本件店舗の使用料が昭和三十五年十月一日以降月額三万円相当であることはいずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する。

被告大塚は、昭和三十五年十月一日以降現在に至るまで本件店舗を占有使用した事実がなく、被告小沢は、昭和三十五年十月一日以降、陳啓章が本件店舗において菓子店を経営するに当り、その補助者として本件店舗を占有使用しているにすぎない。すなわち、同被告はいわゆる占有の補助者にすぎず、独自の占有を有しない。

二  原告主張の二(一)の事実のうち、陳啓章において本件店舗を保有する必要がなくなつたとの点は否認する、その余の点は認める。

同じく二(二)の事実は否認する。

同じく二(三)及び(四)の事実は認める。

(被告小沢の抗弁)

仮に被告小沢において独自の占有使用をしているとしても、同被告は陳啓章から本件店舗につき賃借権の譲渡又は転貸を受けて独自の占有使用をなすに至つたものであり、右賃借権の譲渡又は転貸については賃貸人たる原告に対し背信行為として責めらるべき点がないのであるから(前記の行為が背信行為を構成するという点については、賃貸借の解除を主張する原告側においてこれを主張立証すべきである)、被告小沢は引続き本件店舗を占有使用しうる筋合である。

(右抗弁に対する原告の答弁)

請求原因二(二)において述べたところを援用する。なお、被告小沢において陳啓章から本件店舗の賃借権の譲渡又は転貸を受けたことが背信行為を構成しないという点はこれを争う。陳啓章に対する前掲訴訟において控訴審の裁判所が説示するごとく、「家屋明渡の訴訟繋属中賃貸人の同意なくして多額の対価を得て賃借権を他(本件被告大塚)に譲渡し、剰え外観は陳啓章と第三者(本件被告小沢)との共同経営の形を装うが如きは、賃貸借契約における相互の信頼関係を裏切る不信な行為と目すべく、賃貸人たる原告は右事由を以て契約を解除し得べきもの」である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

(当事者間に争いのない事実)

本件店舗が原告の所有に属すること、原告が昭和二十二年三月二十三日陳啓章に対し本件店舗を期限の定めなく賃貸したこと、同人が昭和三十四年二月浜松市元城町に立派な家屋を新築し、同所を本拠として盛大に金融業を営むようになつたこと、原告がその経営する店舗は狭隘であり、これを拡張する必要がある等の点を理由として右賃貸借につき解約の申入をし、昭和三十五年五月十八日、陳啓章を被告として本件店舗明渡の訴訟を提起したこと(静岡地方裁判所浜松支部同年(ワ)第九五号)、さらに原告が右訴訟の繋属中陳啓章において本件被告大塚に賃借権を原告の同意なしに譲渡したと主張して、前記訴訟の同年十一月七日の口頭弁論期日において賃貸借解除の意思表示をなすとともに、陳啓章において本件店舗を占有しなくなつたとして、請求の趣旨を同人の賃借権の不存在の確認に変更したこと、昭和三十六年三月十六日、原告勝訴の判決の云渡があり、陳啓章において控訴したが(東京高等裁判所第十一民事部昭和三十六年(ネ)第八四九号)、同年十月十一日、控訴棄却の判決の云渡があり、さらに同人においてこれを不服として現在上告中であること、本件店舗の使用料が昭和三十五年十月一日以降月金三万円相当であることは、いずれも当事者間に争いがない。

(被告大塚に対する請求について)

一  本件店舗の賃借権については、当初被告大塚がその譲受を申し込み、その後笠見良一も譲受を申し込み、右両名の申込が競合したこと、陳啓章は右笠見に本件店舗の賃借権を譲渡して、被告大塚の申込を拒絶するような気配を示したこともあつたが、結局は、笠見の申込を容れなかつたこと、陳啓章が昭和三十六年一月笠見方を訪ねた際、同人に対し本件店舗の賃借権を被告大塚に譲渡した旨述べていたこと(成立に争いのない甲第四号証、証人陳啓章の証言によりその成立を認めうる甲第十三号証)

二  昭和三十五年十月一日本件店舗において商号その他経営主を表示するための看板を掲げることなく、菓子の小売販売店が開業されたが、開業と同時に被告大塚経営の他の店舗で働らいていた店員の夏目律子が同被告の命令で本件店舗に移り住んで働らくようになり、昭和三十六年六月頃からは同じく被告大塚方の他の店員森屋安子が同人に代つて働らいていること、また店が忙しいときには、本件店舗に被告大塚方の店員が応援に来ていたこと、しかして、後述の大塚和江姉妹を除くと、他には従業員がいないこと、夏目律子が本件店舗に働らいていた当時は、同人において販売に当るのはもちろん、商品の仕入(その仕入先は被告大塚方の仕入先と同じである。この点は成立に争いのない甲第六号証の一、二による)、卸問屋えの支払等店の収支の一切を担当しており、その監督的な立場で被告大塚の娘大塚和江姉妹が常時本件店舗に来ていたこと、また前記夏目律子は、被告小沢が本件店舗に来ない場合には(被告小沢が来るのは、週一回の程度である)毎夜売上金を被告大塚方に持参していたこと、菓子店を開店した当初は旭町所在の被告大塚の店舗から大塚菓子店の店名入りの包装紙を持参してきて使用していたこと、本件店舗のシヤツターは被告大塚所有のものを取り付けていること(この点は前掲甲第六号証の一、二)、また本件店舗で販売した菓子の領収書を被告大塚の名義で発行したことがあり(右領収書は成立に争いのない甲第十号証から第十二号証。なお、以上すべての点について成立に争いのない甲第七号証の一、二)、被告大塚が本件店舗の塵芥の清掃料について交渉し、かつその支払をしてきたこと(成立に争いのない甲第八号証の一、二及びこれによりその成立を認めうる甲第十四号証)

がそれぞれ認められる。しかして右事実と前掲甲第十三号証竝びに弁論の全趣旨を綜合すれば、その表面上の形態はともかく、実質的には、被告大塚において賃貸人の承諾を得ることなく、金二百五十万円を下らない程度の対価を支払つて陳啓章から本件店舗の賃借権を譲り受け、昭和三十五年十月一日以降経営主として本件店舗において菓子販売店を経営しているものと推認するのが相当であり、少くとも前記日時以後における同被告の占有使用は、これを否定すベくもないところである。甲第五号証、第六号証の一、二の各供述記載、証人陳啓章の証言中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

以上説示したとおりであるから、被告大塚に対し本件店舗を明渡し、かつ昭和三十五年十月一日以降右明渡ずみに至るまで月金三万円の割合による使用料相当の不当利得金を返還することを求める原告の本訴請求には理由がある。

(被告小沢に対する請求)

一  被告小沢訴訟代理人は、本件店舗について独自の占有使用を否認し、同被告は、昭和三十五年十月一日以降陳啓章の営む菓子店営業の補助者として占有使用しているいわゆる占有補助者にすぎないと主張する。

二  しかしながら

(一)  同被告代理人の右主張は、同被告自身陳啓章との共同経営であると供述して(成立に争のない甲第五号証、後記五(二)のとおり)、独自の占有使用のあることを自認し、みずからこれを否定するところである(右共同経営が仮装であるかどうかはしばらくこれをおく)。のみならず

(二)  真実の経営主と目すべき被告大塚は(前述のとおり)、本件店舗で働いている同被告の店員等に対し本件店舗の経営は被告小沢の名義をもつてするといつて、そのように振舞うよう命令し、被告小沢もまた現に週に一回程度本件店舗に来て経営主として振舞い、かかる際には店員も同被告を経営主としてその指示に従つていることが明らかであり(前掲甲第七号証の一、二)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  しかして右認定の点(二(二))は、本件店舗における菓子店の営業が被告大塚の経営にかかるものではなく、陳啓章と被告小沢の共同経営にかかるものであることを仮装するための処置であること前掲甲第四、第十三号証竝びに弁論の全趣旨によりこれを推認するに難くないけれども、このことは、右認定の事実竝びに弁論の全趣旨により本件店舗につき昭和三十五年七月一日以降における被告小沢の占有使用を認定するさまたげとならない。

四  次に被告小沢は、同被告が占有の補助者ではなく、独立した占有者であるとしても、同被告は陳啓章から本件店舗の賃借権の譲渡又は転貸を受けて独自の占有使用をしているのであり、右賃借権の譲渡又は転貸については賃貸人たる原告に対しなんら背信行為として責められるべき点がないのであるから、被告小沢は、引続き本件店舗を占有使用しうる筋合であると主張する。

五  しかしながら

(一)  被告小沢において本件店舗の賃借権の譲渡を受けたという証拠はなんら存在しない。

(二)  被告小沢(成立に争いのない甲第五号証)竝びに陳啓章(同証人の証言)の両名は、陳啓章において本件店舗の賃借権のみを出資し、その他は一切被告小沢において出資し、かつ直接店舗経営の衝に当るという約定のもとに、右両名のものにおいて本件店舗の菓子店を共同経営しているものであると証言する。はたして然りとすれば、被告小沢と陳啓章との間に本件店舗につき転貸借契約が存在するものと認むべきであるが、

(イ) 陳啓章が、同人にとり最大の関心事であり、したがつて明確な記憶を有しているはずの利益の分配の有無竝びにその数額につき、全く要領を得ない証言をしている点(同証人の証言)及び

(ロ) 被告大塚に対する請求の項において事実の認定に供した各証拠

に照らし、右は、被告大塚の営業にあらざることを仮装するため、ことさら作為したものであることが明らかであり(陳啓章と被告小沢との間に前記のごとき共同経営の約定したがつてまた本件店舗に関する転貸借契約の存在を肯認しうるとしても、右契約はいずれも同人等間の通謀虚偽表示であり、無効である)実際には右両名のものが証言するような共同経営の事実したがつてまた被告小沢において陳啓章から本件店舗の転貸を受けたことによつてこれを占有使用している事実は、これを肯認するに足りない。

したがつて被告小沢の抗弁は、その前提においてすでに理由がない。

六  のみならず、賃貸人たる原告の承諾を得ないでした転貸が原告(賃貸人)に対する関係においてなんら背信行為を構成するものではないという被告小沢の主張は、とうていこれを採用することができない。けだし民法第六百十二条が原則として転貸の権利を排除したのは、いうまでもなく、賃貸借契約が一定の個人間の信頼関係を前提としたものであり、賃貸借の目的物の使用は約定の限界の範囲内においてなされるとしても、賃借人が何人であるかによつてすでに本質的な変更を生じうるということを理由としたものである。したがつて賃貸人の承諾を得ない転貸は、特段の事情のない限り背信行為を構成するという立法上の建前を採用したものというべきであるから、本件においても、原告の承諾を得ない転貸が原告に対する関係において背信行為を構成しないという特段の事情の存在については、被告小沢においてこれを主張立証すべきであり、原告において背信行為を構成する所以のものについて主張立証するを要しない。被告小沢の反対の見解は、転貸の権利を原則として容認する立法例のもとではともかく、現行法のもとではとうてい採用することができない。

本件において右転貸が背信行為とならないという特段の事情については、被告小沢においてなんら主張立証しないところである(なお、本件においても被告両名竝びに陳啓章等の行為につき積極的に背信行為を認めうること、原告の援用する別件の控訴審裁判所の説示のとおりである)。

七  被告小沢は、また陳啓章に対する賃貸借を解除して始めて同被告に対する本訴請求が法律上可能となるごとく述べているけれども、同被告が陳啓章のいわゆる占有補助者と認められるのであればともかく、本件においては然らざることが認定されるのであるから、同被告は原告と陳啓章との間の賃貸借については全くの第三者にすぎず、同被告に対する本訴請求は、右賃貸借の解除(原告もまた、この点を請求の原因としていない)をまつまでもないのであるから、賃貸借解除の成否の点については言及しないこととする。

被告小沢の抗弁はいずれの点よりするもこれを採用しえない。

以上説示したとおりであるから、被告小沢に対し本件店舗を明け渡し、かつ昭和三十五年十月一日以降右明渡ずみに至るまで月金三万円の割合による使用料相当の不当利得金を返還することを求める原告の本訴請求には理由がある。

(仮執行竝びにその免脱の宣言について)

一  本件と紛争の実体をひとしくする陳啓章相手の前掲訴訟は、現在上告審に繋属中であるが、その破毀率は最近のものとして公表された昭和三十五年度のものによるとわずか四・二パーセントにすぎない(本件法曹時報第十三巻第十二号一五頁参照)。本件は当事者(被告)を異にするとはいえ、その証拠資料は前記事件の証拠資料にこと新らしく加わるものがなく、前述のとおり前記事件と紛争の実体をひとしくする。したがつて本件の判決もまた上級審において取消変更をうける蓋然性は、きわめて少ないものとみて差支えない。

しかしてまた本件の終局的確定をまつて始めて執行すべきものとするときは、事実上六審制となるおそれなしとしない。かくては権利の実現は遅きに失する。

以上の二点をとくに考慮し、被告両名のため共同して金十万円の担保を供せしめて仮執行を許容すべきものとする。

二  他面控訴審裁判所との距離にかんがみ、とくに明渡の仮執行の宣言については、事の重大なるのにかかわらず、控訴審裁判所においてその当否について判断を下す前に、執行され了ることがありうることを考え、仮執行のすべてについて保証を立てしめて免脱の宣言をすることとするが、その額については、とくに前記一の点にかんがみ、被告両名をして、いたずらに紛争の解決を引き延ばす趣旨に出ずるものでないことを積極的に保証をもつて示させるのが相当であると思料されるので、

(イ)  本判決云渡のときまでの不当利得金五十四万円(昭和三十五年十月一日以降昭和三十七年三月までの月三万円の割合による金員)

(ロ)  その後本件につき控訴審の判決の云渡が期待されるときまでの間(右期間は、陳啓章に対する前記事件の第一審判決の云渡と控訴審判決の云渡との間の期間に準拠し、一応七カ月とみる)本件店舗においてあげる利益(右利益が月八万円であることは、証人陳啓章の証言により推認される)金五十六万円

の合計額百十万円とする。

(訴訟費用の負担)

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 片桐英才)

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